SS2

SS「星の相堕つ夜の帳に 顧みて郷を想う」  かたみこいみずえ・著

 

 
衝撃を感じて我に返った佳臥堵は、手にしていた書物を落としかけた。
目の前はもう字を追うには苦労する薄暗さになっている。
字を追いかけているつもりで、彼は考えに没頭していたことにようやっと気づいた。

再び自分の体が揺れる。
ああ、そうだ、と彼は疲労が隠し切れない顔でそっと嘆息した。
いま、自分は都から帰省する途中の荷馬車に揺られている。
生憎と定期の乗り合い馬車とは間が合わず、急ぎ知人のつてを頼り、荷を運ぶ馬車に同乗させてもらったのだ。

「ここらで野営するか」
御者の商人がそうこちらに話しかけてきた。
旅の道連れはその商人と護衛の二人だ。馬を止めて支度を始めた彼らに続き、佳臥堵も痛む腰をゆっくりと持ち上げた。
商人がこちらを見て、少し心配そうな顔で話しかける。
「大丈夫かい? 座り心地悪かろうに」
「なんとかなぁ。これが豪華な馬車でも体にこたえることにはあまり変わらんよ」
「引きこもりの学者さんはもうちょっと体を鍛えたほうがいいんじゃねぇか?」
体格のいい護衛がにやにやしながらからかってくる。違いない、と佳臥堵も笑って返した。
無理を言って同乗を頼んだ身である。
野営の支度を始めた二人を手伝おうと、彼は手にしていた書物を自分の荷物に突っ込んだ。



父危篤の報を受けて、都の学舎で魔術の研究をしていた佳臥堵は、慌てて手続きをして帰省の途についた。
出発まで思わぬ時間がかかってしまったことと、郷を離れて一人都で研究に明け暮れ好きなようにしていた負い目で、気が急いてしまう。
父が持ち直してくれることを切に願っているが、何もできない現状が歯がゆくて仕方がない。
人体に関する魔術と医学を修め、なお研究を続けている身であるからなおのこと腹立たしい。
何のための学問か、と彼は腹の底で己を責め続けていた。
しかし、そんな厭世的な気分も胃袋に食事を収めてしまうと、ほんの少しだけ浮上する。

「今夜は星がよく見えるなぁ」
ふと夜空を見上げてつぶやいた佳臥堵に釣られるように、商人と護衛も顔を上げた。
「それだけ冷えてるってことか」
護衛が肩をすくめるが、佳臥堵は彼を見てわずかに笑みを見せ、いや、そうじゃない、と返した。
「このあたりは向こうの山脈からの吹き下ろしの風で普段は気流が安定しないんだ。いまは風がないだろ? 気流が安定していると視界は良好になる。上空と陸で気温差が少ないとそうなるんだ」
「へぇ。さすが学者先生だなぁ」
先にからかったことを少し気にしたのか、素直に賞賛しつつ複雑そうな笑顔になる護衛に、佳臥堵は教え子によく向ける笑みを見せた。
それから無言で再び満天の星空を見上げる。
ふと、佳臥堵の視界で大きな光を放つ星が二つ、絡み合うように流れていった。
今の彼にはそれが不吉な予感として映った。
二つの星が流れた地。遠くに見えるあの場所は、彼の故郷だった。
まさか、と彼は思う。
震えそうになる指先で己の胸元を握った。
流れ星の謂れを真に受けるなど、学究の徒のすることではないと心の中で言い聞かせる。
しかし、絡み合う二つの星というのがなぜか気にかかった。
まるで何かの運命を啓示しているような……。
そう考えて、我に返る。
それこそ運命論者の言うことで、己の言うことではないじゃないか。
星空から焚き火に目をやって、乾きそうになる前に彼はまぶたを閉じた。

それは、二人が出会う数日前の一幕。
二つの星は静かに絡み合い……その運命を交わらせる。
クルクル、来る来ると……。






  

管理人よりコメント

 
SS1の緒方さんの作品を受けての、同じ星を見ている佳臥堵視点という体で書かせていただきました。
ところどころ対比になるようにしております。
星に対して幻想を抱く舜騏に対し、こちらは学者の佳臥堵らしい考え方をしています。
この対比がそれぞれの出身国の特徴でもあり、この物語を象徴しているのかもしれません。

こういうSSを書く機会はなかなかないので、大変貴重な経験になりました。

 



  

  • 最終更新:2015-12-20 02:01:56

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